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証拠隠滅の様子 「バービイ・ヤール。フィナーレ」

バービイ・ヤール集中ラーゲリの全囚人たちは、一九四三年八月十三日、中央練兵場に整列させられた。軍用トラックが何台もやってきて、そこから鉄かぶとをかぶったエスエス隊員たちが軍用犬をつれて、とびおりてきた。
全員が、これでいよいよおしまいになる、と思った。
二、三日前、ソヴェト空軍がラーゲリを爆撃した。爆弾は正確に、ラーゲリの周辺に落ちてくる。明らかに、爆破目標は鉄条網だった。鉄条網は、わずか一個所が破損したのみで、すぐに修復された。しかし、どうやらファシストたちは、そろそろラーゲリをたたむころだと、考えたらしい。
テーブルを二脚、それに一覧表や調査書がもちだされ、全員が一列に並ばされる。そしてその一列は、だされかテーブルのわきを通って、進んでいった。リーデルが名簿を点検し、一部の囚人を左側に、他の囚人たちを右側に分けていく。まず、特に政治的危険人物とされているものが、ちょうど百名、えらびだされた。エスエスどもが叫びはじめる。『前へ進め。速く!急げ!』。殴打がとぶ。犬が吠えだす。そして百人の囚人は、門から出ていった。

「おれたち、土小屋に荷物をおいてきたんだ!」と、かれらが口々に叫ぶ。

「おまえらには、なんにも必要ないんだ」と、ドイツ兵どもが答えた。

門を出ると、はきものをぬげと命令される。靴をぬいで、あとははだしで道を下っていった。ダヴィドフは、その百人のうちにまじっていた。かれは、前の方に並んで歩きながら、『これでいよいよ、おしまいだな・::・』と、考えた。
ヤールをなだれから防ぐために、いくつかの階段平地が、つくられ、そこには草が密生している。細い小道をつたって、百人の囚人は、一段目の平地におりていった。そこには、つくられたばかりの真新しい土小屋があった。ヤールの中は、騒々しく、人がたくさんいる。ドイツ兵どもが、文字通り、まわりにうようよし、認識票をさげたエスエスが、いっぱいいる。勲章をつけた将校たち。自動車までが、つぎつぎとやってくる。そして、さまざまな道具が、あちこちにつみ重なっていた。
百人は、立たされて、こうたずねられた。『この中に、錠前工、鍛冶屋はおらんか?』
二、三のものが名のり出た。すると、そのものたちはべつにされて、低い土畳の向こうにつれていかれた。残った連中は五人づつの組に分けられて、各組ごとにその土畳のうしろにつれ去られた。射撃の音は、ひとつもきこえない。
タヴィドフは、こいつはまだ銃殺じゃないかもしれないと、希望を抱きはじめた。かれは、あたりを懸命に見まわしてみたが、さっぱりわけが分からなかった。
ついにかれも、土畳のうしろにつれ去られた。そこには、たくさんの鉄敷がおいてあり、鉄の鎖がとぐろをまいている。そして、全員がこの鎖につながれるのである。一台の鉄敷のかたおらに、ふとっていかにも鈍重そうなドイツ人が、囚人の鍛冶屋たちにまじって腰をおろし、いっしょに鎖を鋲でとめている。ダヴィドフは、かれのところにまわされた。鎖は、ちょうど井戸に使うみたいなやつだった。ドイツ人は、それをダヴィドフのくるぶしにまわすと、止め金をかけて鋲でとめた。
ダヴィドフは、よちよちと小股に歩いていく。鎖は、痛みをもよおした。やがてそれは、両足をひっかく。鎖の下にぼろぎれをつめるもの、腰紐にはさんで、地面にひきずらないようにするものもいる。
全員が鎖につながれると、不意に昼食が宣言され、ばかにりっぱな食事があたえられた。スープはほんもので、脂っぽくどろりとしている。
さて、全員にシャベルがわたされる。鎖をひびかせる隊列は、谷間のせまい支脈につれていかれ、そこを掘れと命じられた。
長いあいだかかって、夕方まで掴っていた。そして、大きなでこぼこの溝が掘られたものの、それがなんのためなのかは、はっきりと分からない。しかしともかく、ドイツ兵たちは、なにかをさがしているらしかった。さがしにさがし、なにかが出るまで堀りつづけた。しかし、なんにも出てこない。

夜がふけてから、百人組は、土小屋に追いこまれた。そこは、鼻をつままれても分からない闇で、ただ表の方で、とても強そうな警備兵の話す声が、きこえていた。土小屋の入口の前にファシストどもは、櫓をたて、回転弾倉機銃をすえつけて、入口をねらっていた。
翌朝、またしても谷につれていかれた。相変わらず人がたくさんいて、叫び声、ののしり声がひびいている。
背の高いスマートでエレガントな士官が、乗馬鞭をもって大声でわめいている。かれは、年のころ三十五ぐらい、トパイデという。話をきいているうちにダヴィドフは、このトパイデこそ、一九四一年の最初の銃殺を指揮したその人であると知って、びっくりしてしまった。
きのう、トパイデは姿をあらわさなかった。かれは、死体の埋葬してある採砂場の地図だけを、送ってよこした。ところが、ここのドイツ兵たちは、その図がよく分からずに、見誤ってしまった。かれは、どいつもこいつもでくの坊だ、図を見分けることもできず、ちがう場所ばかり掘じくり返している、とヒステリックにどなっていた。それから走っていくと、片足でぽんぽんと大地をふみつけた。

「ここだ! ここだ!」トパイデの示した場所を、みんなで掘りはじめた。三十分ぐらいたつと、早くも、死体が現われてくる。
ドイツ兵たちは、トパイデにうやうやしい態度をとっていたが、仲間同士では、本気とも皮肉ともつかない調子で、かれのことを『銃殺技師』と呼んでいた。今度はかれは、墓あばきの技師となったのである。一日じゅうトパイデは、谷間をとびまわり、指示をあたえたり指揮をとったり、説明したりする。かれはひっきりなしに、不快げにぎゅっと顔をしかめ、神経的なけいれんを走らせる。その全身は、びっしりとたばねた神経のかたまりみたいで、ヒステリーの極に達しているようだった。かれは、叫んだりじたばたしたり、なぐったりしなければ、いてもたってもいられない様子である。つまり、かれの『技師たる資質』は、かれ自身にも、うまく処理できないものらしかった。
作業は、さかんにつづけられた。谷の周囲にドイツ兵どもは、ひさしを急造し、それを本の技でカモフラージュし、他の場所にも地面に本をさしこんでにせの植樹をした。どうやら、ここで行われていることを、絶対の秘密にしていると見える。
市中からヤールにいく道も、封鎖されてしまった。資材をつんだトラックがやってきても、ドイツ人の運転手は谷のずっと手前でおろされ、代わりに警備兵たちがハンドルを握って、車をヤールに運転していく。トラックで運ばれてくるのは、レールや石のかたまり、まきや石油の樽などである。
かくして、バービイ・ヤールを史上から抹殺せんとする、その最終段階が開始された。はじめのうち、作業はうまく運ばず、トパイデは、じたばたしたりいかり狂ったりしていた。それで、ドイツ兵はだれもかれも、神経をいらだ穴せ、囚人たちはさんざんになぐられ、中には射殺されるものまで出た。
ラーゲリからは、新しい捕虜の群れが、増援にやってきた。二、三日のあいだに、捕虜の数は三百人となり、その後、さらにふえていっ穴。捕虜たちは、作業班に分かたれていた。これら作業班の規則正しい、能率の高い仕事ぶりは、まさにドイツ的秩序と整然さとの見本である。
ダヴィドフは、あちこちの班にまわされた。はじめのうち、かれは、おそろしい悪臭と、さまざまな死体処理の作業のせいで、気が遠くなるほどだったが、やがてなれてしまった。

発掘係は、あちこちに穴を堀り、死体を掘りだす。それらの死体は、いずれも灰青色に変色し、長いあいだ放胆されていたため、こちこちになり、からみ合っている。それらの死体をひっぱりだすのは、まったくたまらない作業だった。ドイツ兵たちは、悪臭に鼻をおさえ、中には気分の悪くなるものもいた。警備兵たちは、谷の斜面に坐り、だれもかれもが両足の長靴のあいだの砂地に、ウォトカのびんをつき立てている。そして、かれらはひっきりなしに、そのびんにロをあてる。おかげで、谷間のドイツ兵たちは、酔っぱらいばかりだった。
発掘係たちには、ウォトカは配給されなかった。で、みんなたまらない気分だったが、それでも前述したように、しだいになれていき、鎖をがちゃがちゃ鳴らしながら、作業をつづけていた。
荷鈎係は、死体をひきだして、焼却炉に運ぶ仕事である。かれらには、特製の金属棒がわたされる。それは、一方が握りになっていて、反対側に釣がついている。ついでに説明しておくと、この手釣棒は、トパイデの設計になるものだ。
トパイデは、いろいろと実験を重ねた末、死体がばらばらにならないように、うまくひっぱりだす方式をあみだした。それにはまず、死骸のあごの下に鈎をかけ、下あごからひっぱる。そうすると死体を、そのままの形で目的の場所までひっぱっていくことができる。どうかすると死体と死体とが、かたくこわばりついて、鈎をかけると二、三人の死体の重みが、いっしょにかかる場合もある。しばしば、斧でたたき切らねばならないこともあった。そして、下の方の層になると、何度も堀り直さねばならなかった。
金をさがす係‐‐-『ゴールドズッヘル』たちは、やっとこをもって、それで金歯をひぎぬいた。この係りたちは、焼却炉にいく途中で、ひとつひとつの死体を点検し、指輪やイヤリングをぬきとり、衣服をきているもののポケットからは、お金や貴重品をまきあける。かくして一日にして、この作業班は、バケツに一、二杯の金を集めたものである。ところが、この作業員のひとりひとりには番兵がついて、金をぬすみはしないか、砂の中に投げたりしないかと、見張っているのである。
構築係は、焼却炉の構築にとりかかっていた。厳重な監視のもとにこの作業員たちは、谷をわたって反対側のユダヤ人墓地にいくと、ドイツ兵の指示にしたがって、御影石の墓碑をぶっこわしにかかった。

囚人たちは、墓碑をこわして、それらを谷に運び入れる。そして、敷石が並べられる。この敷石の上に、またしてもトパイデの指揮によって、充分に考案され技術的にも完全な焼却炉が建造されていく。高さ一メートル半あまりで、通風煙突が二、三本つき、内部には複雑に曲がった通路があり、格子がはまっている。この焼却炉には、まきがいっぱいにつめられ、格子の上には、うつぶせに死体がおかれる。二段目は、これと交叉するように死体がねかされ、その上にまきの層を重ね、高さ三メートル、縦横六メートルになるくらいにつみあげる。
このつみあげた山の中には、約二千人の死者が入っている。この山をつくるために、建築工事のような梯子がかけられ、死体はその団子づたいに運ばれるわけだ。つくりおえたら、ホースで石油がまかれる。石油は特設のコンプレッサーで樽からおしだされているのである。
火夫たちは、下から火をつけ、同時に、上側に列をなしている死体の頭に松明を近づける。石油をふくんだ髪の毛は、たちまちぱっと燃えだした。このために、みんなうつぶせにねかしてあるのだ。こうして死体の山は、燃えさかる巨大な焚火と化す。それはもう、たまらない暑さである。谷間とその周辺のかなり遠くまで、焼けこげる髪と人肉の強烈な臭気が、たちこめていた。火夫だちは、熔鉱夫のもっているような長い火かき棒を用いて燃料を補給し、おきや燃えかすをかきだし、焼却炉がさめると、今度はそれを掃除して、また新しく炉をくみ直し、焼けただれた格子をとりかえて、つぎの死体つみあげに備えるのだった。
槌でくだく係は、燃えかすを処理する仕事である。この作業員たちは、燃えきれない人骨を墓地からもってぎた敷石の上にのせ、普通の金槌でもって細かにくだく仕事をする。それから、つみあげた燃えかすをふるいにかけて、金が見つからないか、もう一度しらべるのである。
菜園係と呼ばれるのは、燃えかすをもっこにつみあげて、監視の下に、バービイ・ヤールの周辺あちこちにもってまわり、野菜畠にまいて歩く係りだ。これは、他の係りよりもましだった。野菜畠でジャガイモを掘り、それをヤールにもっていき、缶詰の空き缶に入れて、死体焼却のあとのおき火にかけて焼くのである。

クズネツォフ『バービイ・ヤール』(P.249-254)

         

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