アナトーリー・ヴァシーリエヴィチ・クズネツォフ(Анатолий Васильевич Кузнецов 1929-1979)はソヴィエトの作家。1929年8月18日キエフのクレニョーフカ地区の生まれ。父はロシア人、母はウクライナ人。
1950年代に最も先進的で才能ある作家と認められており「告白文学の父」と目された。1968年「新世界」に掲載された『物真似俳優("Артист миманса")』はゴーゴリの『外套』、ドストエフスキーの『貧しき人々』と比肩すると評価され各国語に翻訳され、戯曲やテレビでも放送された。
1969年ロンドンへレーニンの資料を探す出張へ出かけ、そのまま8月に政治亡命を申請。イギリスに残る。それ以降、ソヴィエト内では彼の名前、出版物は一切姿を消す。クズネツォフはロンドンのラジオ局「ラジオ自由」で「マイクの作家」として毎週活動した。1970年に削除されていない完全版『バービィ・ヤール』を出版する。
1979年、車にひき逃げされ死亡。最後の作品は『グリニヴィッチとクレニョーフカの間で。亡命先からキエフに宛てたアナトーリー・クズネツォフから母親への手紙』
近年ロシアでもクズネツォフの作品が出版されているようである。『伝説の続き』が復刊され、『バービィ・ヤール』の完全版もでた。雑誌『アガニョーク("Огонёк")』誌が『物真似俳優』を出版。その他雑誌『グラーニ("Грани")』誌がイーゴリ・ミヌトコのクズネツォフについての回想録を出版した。
その他の作品には短編『わが家で(У себя дома")』、『伝説の続き("Продолжение легенды",)』、小説『炎("Огонь")』、『ユールカ 下半身丸出しチーム("Юрка - бесштанная команда")』
日本でも翻訳がある『バービイ・ヤール』であるが、これは原題にРоман-доку...
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