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はじめに

このサイトは1941年9月末ウクライナのキエフでおきたバービィ・ヤール事件について扱うものである。

2008年現在、バービィ・ヤールについて日本語で調べることは難しい。資料のほとんどが邦訳されておらず、日本語しか理解しない場合、ほぼこの事件について知ることは不可能といっていい状況だからである。現在日本で「バービィ・ヤール」といえばショスタコーヴィチの交響曲第13番のもととなった事件と考えられている程度のお粗末さである。

しかし現在、ハリウッドでは映画「バービィ・ヤール」の製作がすでに始まっており、早晩日本にもバービィ・ヤール事件とは何か?と疑問をもつ人は増えてくると予想される。そういった中で、日本の読者にとってほとんど手に入る情報が皆無の状況は異常と言っていいほどだと思う。

このサイトをあえて立ち上げたのは、この事件についていろいろな観点から多くの人に考えていただきたいと思ったからである。ユダヤ人の利益団体や歴史修正主義の偏った情報とは隔絶した、できるだけ中立の地点からこの事件について扱う情報が必要だと思うからである。


わたしはシオニストではないし、特定の組織活動をする何らかの団体とも関係はない。また、ユダヤ人とホロコーストについて特別に研究に携わる者でもない。このウェブサイトは、あくまで、一個人として立ち上げたものである。


わたしは人間性と平和、人種間の平等の観点からこの事件を忘れてはならないと考える普通の一私人にすぎない。しかし、普通の日本人と異なる点はといえば、たまたまウクライナという地に1年半も住むことになり、この事件について自分なりに調べる機会をえたことだけだろう。


このサイトの内容は専門家から見たら舌足らずで、説明不足のこともあろうし、誤った情報を紹介している場合もあるかと思う。しかし、人類の忘れてはならない悲劇の一コマをより多くの人に認識していただきたい、という気持ちで成り立っている。間違いを発見した場合は、ぜひご一報いただければ幸いである。


このサイトで扱う内容は、なにより私自身がバービィ・ヤールについて知りたかったことについて、まずは出来上がっている。おそらく、バービィ・ヤールについて基本的な情報をお探しの読者にとっても何らかの手がかり、足がかりの役には資するところがあると思っている。

内容は以下のとおり


・事件の概観とその補完となる証言・資料の提示

・わたしが訪れたバービィ・ヤール現地の写真

・映像・芸術作品とドキュメンタリーの紹介

・バービィ・ヤールに関する作品

・作家クズネツォフとのかかわり

・詩人エフトゥシェンコとかかわり

・作曲家ショスタコーヴィチとのかかわり


このサイトの訳文はとくに断わりがない限り、このサイトのために英語、ロシア語などから新たに訳出されたものである。

小川

バービィ・ヤールの名称について

バービィ・ヤールの日本語表記について、現在統一した訳語が存在しない。 もっとも良...